希少な『トンネル内に作られた商店街』
隧道マーケットとは、トンネルに沿って作られた商店街です。
昭和炭鉱の隧道マーケットはトンネルの片側に多数の商店が並んでいました。
昭和炭鉱は北海道の沼田町に1930年から1969年まで採掘をおこなっていた炭鉱。
かつてあった集落は消え、今は山奥の何もないような場所になっていますが、炭鉱があった当時は4000人ほどが生活する集落が形成されていました。
そんな炭鉱街の、昭和炭鉱で働く人とその家族の生活を支えていたのがトンネルに並ぶ商店街、隧道マーケットなのです。

隧道マーケットの内部
出入り口側の天井は低く、中に入ると天井が一段高くなります。
隧道マーケットは入り口が二つあったのですが、現在は片側は土砂崩れで通行できない様です。
そちら側の内部は出入り口から水が排出されずに水没してしまっています。
どの様なお店があったのか?
現地で確認できた残留物は、お菓子のケース、ガラナなどのジュース類のビン、呉服店の看板、鮮魚輸送用の発泡スチロールと冷蔵ショーケース。
食料品がメインであった様ですが、呉服屋なんかもあったんですね。

親に手を引かれて隧道を訪れた子供もたくさんいたのでしょう。
隧道マーケットで買ってもらったたくさんのお菓子。
きっといい思い出。





最後まで隧道マーケット守りたかった人々のメッセージ。
周囲は深い森に囲まれた地帯。
昭和炭鉱は守りたいほど良い場所であったのだろうか?






宮向呉服店の看板。





隧道マーケットの当時の様子
以下のサイトに、当時の隧道マーケットの写真が2枚だけ掲載されています。
トンネル内にある以外は、普通の昭和の商店ですね。
崩壊しつつある隧道マーケット


大量のコウモリのすみか
昭和炭鉱隧道マーケット内部の現在は大量のコウモリの住処になっています。
100匹以上生息し、内部を飛び交います。
隧道内に入るのをためらう程に、バサバサと飛び回り、近づくと正面から向かってきます。


昭和炭鉱 隧道マーケットへの行き方
道道867号線からの分岐地点から少し入るとゲートがあり、そこから徒歩になります。
ゲートから入った後は、道の跡がありそれに沿って歩きます。
約3キロほどいくと分岐地点があります。
左折方向が完全に草に覆われわかりにくく、道の跡は右方向にしか伸びていません。
ここを間違えると変な方向に向かってしまいます。
詳細は動画を見ていただくと分かりやすいです。
実際に行ってみて確認したのですが、過去に崩落などが起きていた通行が困難とされていた橋が、修復されて使えるようになっています。
動画を見ていただくと分かりやすいのですが、所々車が通った形跡も残っていました。
道に沿って、草も刈られています。
道路は整備されているようです。
ただ、ゲートは閉まっているので車では通れません。
道は整っていますので、マウンテンバイクなどがあれば、分岐地点までは楽に行けると思いました。
分岐地点の後の昭和炭鉱方向への道は、手入れされておらず、完全にジャングルと化しています。
そこからは、徒歩が早いです。
草木に埋もれている隧道マーケット入口前
現地に到達しても、隧道マーケットの入り口を探すのは困難です。
当時、隧道マーケットに行くには小川を超える小さな橋があったようで、その残骸を探すと隧道マーケットの入り口を探しやすいです。
以下の360度画像は隧道マーケット入り口の少し手前で撮影したものです。
小川を越えた向こう側に、隧道マーケットの入り口がわずかに見えます。
昭和炭鉱 隧道マーケット跡の詳細情報
所在地 | 北海道雨竜郡沼田町浅野 |
携帯電話 | 圏外 |
当サイトの掲載画像使用に関して
当サイトの掲載画像は、フリー素材としてご使用いただけます。
詳細は以下ページよりご確認下さい。