雄別炭鉱病院 探索動画
雄別炭鉱事故で傷ついた人々を見届けた雄別炭鉱病院
雄別炭鉱の最盛期には雄別地区だけでも1万5千もの人口がありました。
そんな地域の暮らしを支えていた雄別炭鉱病院。
今も誇らしげにその勇姿を、雄別の自然の中に残しています。
特徴的な、開放的なスロープ。
当時はガラス窓から、光が差し込み、明るく院内を照らしていたことでしょう。
廃墟になりながらも、今なお美しい雄別炭鉱病院。
雄別炭鉱の歴史と、雄別炭鉱病院
雄別炭鉱ではガス爆発、落盤、崩落など多数の事故が起き、多くの死傷者が出ています。
過酷な状況で働く炭鉱では、怪我は日常茶飯事で起きていたことでしょう。
雄別炭鉱病院は記録を見ると、起源は1935年に開設された雄別炭砿診療所となっています。
雄別炭砿診療所は雄別、緑が丘地区に開設されました。
現在も残っている病院跡である、旭町に移設されて、『雄別炭礦病院』となったのは、1939年となっています。
設立当時は、雄別炭鉱病院は木造の炭鉱病院でした。
その建物は1968年9月、火災で全焼。
その時期には、現在残る鉄筋コンクリートの建物が建設されており、1968年12月に完成。
建設費用は1億1200万円。
当時の東京と大阪にあった、年金病院を参考に設計された、中央の回り斜廊が特徴のバリアフリー建築であった。
雄別炭砿病院は単純な診察だけでなく、児童から、炭鉱夫、老人の健康診断、各種予防接種など、近隣地域の健康を支える重要な施設でした。
病院は多くの患者を受け入れ、最大の年で一年間で15万回もの診察を行っていた様です。
1952年には北海道で赤痢の集団発生が発生し、この雄別地区内でも感染者が出ています。
その時に雄別炭鉱病院に隔離病棟が併設されました。
1970年2月雄別炭鉱が閉山されるとともに、雄別炭鉱病院はその役目を終えました。
その時点での入院患者は、釧路市内に収容された様です。
近代化産業遺産
雄別炭鉱病院は2007年より経済産業省が認定する近代化産業遺産に認定されています。
そのため、現在はかつてあった大量のいたずら書きが消され建物自体綺麗に整備されています。
国から認定された産業遺産ですので、施設へのいたずら書きや損壊は大きな罪となります。
実際に雄別炭鉱病院に数回足を運んでいますが、損壊された跡が見受けられました。
非常に残念な思いです。
心霊スポットして有名になったが、、、
雄別炭鉱は心霊スポットとして有名になりました。
雄別炭鉱での事故や事件が元となり、様々なメディアで取り上げられ、霊能力者の宜保愛子さんが、恐れた北海道で一番の心霊スポットでした。
令和の時代になり、残念なことに、雄別炭鉱病院はただの歴史を伝える建造物でしか無くなってしまいました、、、
余談ですが、雄別炭鉱病院に手術室はありますが、地下室や霊安室はありません。
構造上半地下のような部分はありますが、ただの物置です。
2007年に近代化遺産として認定されており、釧路市が管理を行なっています。
雄別炭鉱病院には機械警備が導入され、各種センサー、監視カメラなどが設置されています。
しっかりと外観の残る雄別炭鉱病院
北海道釧路市阿寒町雄別。
北海道を代表する廃墟でもある、雄別炭鉱病院跡。
周囲は完全に自然に囲まれており、エゾシカやヒグマなど野生動物が頻繁に出没する地域です。
実際に現地には野生動物の足跡、糞などの形跡が多数見られます。
当然ですが、現地に行くにはヒグマ対策は必須です。
何度か雄別炭鉱周辺に足を踏み入れているが、雄別炭鉱周辺は独特の匂いが充満している。
魚の腐った様な匂いで、具合が悪くなる様な悪臭が漂っている。
炭鉱跡から、化学物質が漏れ出し、周囲の川にでも流れ出ているのだろうか、、、
そう思っていたが、調べてみると現在近隣に肥料工場があるらしいです。
雄別炭鉱はひと気のない山奥にあるが、唯一近隣に謎の工場があり煙を上げて稼働しているのは目撃しています。
「こんな場所で仕事している人がいるんだ、、、」
と思いながら横を通り過ぎましたが、多分あそこが匂いの原因なんだと思います。
雄別炭鉱病院のレイアウト
自然に囲まれた地域で、かつてあった街ごと自然に還る中、しっかりと形が残る雄別炭鉱病院。
病院の建物は全面の道路に沿って一直線に伸び、中央部分に入り口玄関があります。
雄別炭鉱病院は主に一階が外来用の診察室、手術室が配置され、2階は主に入院患者用の病室だった様です。
中央部分のみスロープで3階まで上る事が出来て、3階フロアからは屋上に出られます。
雄別炭鉱病院の中央から廊下で繋がった奥側に、主に従業員が利用していた炊事室・食堂・更衣室ブロックがあります。
雄別炭鉱病院の正面から見て右の方向に、赤痢流行時に増設された隔離病棟がありました。
既に隔離病棟の建物はなく連絡通路のみが残されています。
雄別炭鉱病院外観
細長い建物のそれぞれの端にも出入り口があります。
画像は向かって左端の出入り口。
逆側の端の出入り口は隔離病棟へと繋がっていました。
雄別炭鉱病院螺旋スロープ
雄別炭鉱病院の左右に伸びたレイアウトの中央、正面玄関の奥に位置する半円状の螺旋スロープ。
この雄別炭鉱病院の象徴的なそのスペースは、当時の技術としてはなかなか最先端であったようで雄別炭鉱病院設計時に入念に模型を作った上で建設されたようです。
今はもうガラス割れ散ったそのスロープから見える、屋外に広がる大自然は今なお美しい。
自然に帰りつつある雄別炭鉱病院の姿は、逆に今の方が美しいのかもしれません。
雄別炭鉱病院トイレ
雄別炭鉱病院1階
主に病院の外来用の受付、診察室があった雄別炭鉱病院1階。
手術室・X線室・薬局・外科・内科・婦人科・院長室・実験室などがあった様です。
手術室
ちなみに雄別炭鉱病院の手術室は正面入り口から入って1階の左側の奥です。
その上の階の同じ位置の部屋は分娩室だった様です。
隔離病棟
かつては隔離病棟もありましたが、現在はその建物は残っていません。
正面入り口から向かって建物の右側に建っていました。
現在は通路のみが残っています。
雄別炭鉱病院2階
主に入院患者用の病室があった、雄別炭鉱病院2階。
その他に配膳室、小児科、分娩室等があったようです。
雄別炭鉱病院3階
雄別炭鉱病院 管理棟
雄別炭鉱病院の本棟から渡り廊下を行った先にある、炊事室・食堂・看護婦更衣室。
主に職員が利用していたスペースがまとまってあります。
雄別炭鉱 病院跡の詳細情報
所在地:北海道釧路市阿寒町雄別
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